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ふくひめライブ--絹の絃、人形浄瑠璃文楽と落語

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御殿の段/伽羅先代萩

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人形浄瑠璃文楽 4月公演

承前
寛治さんの音色に捉えられてしまう
品よくやわらかな妙なる音
天上からの


ゆったりした運びであるのに
緊迫が募るのは寛治さんの表情と佇まいのせいでしょうか

高僧の坐像のように
対峙すると自分の罪深さにひれ伏してしまう

--押し開け入りにけり--

特に難もなく、特別なんということもなく、の津駒さん
それで結構です

おあと見送り政岡が--
まさなきことも身にかかる--

黒地に金襴のうちかけ
中央にすっと立つ乳母は軽やかに存在してる

上手に若君、下手に千松を見渡し、庇護し--憂き思い

そんな重い心でありながら清らかに存在する

--これ乳母もう何言うても大事ないか--

--やい乳母--
ひもじいとは言わねど空腹である
とポーカーフェイスで若君は訴える

この若君がポーカーフェイスの微笑みの君であることが肝要である

おお--道理でござります

左、たぶん、だけど、前の段は一輔さんだった
文昇さんになっています、ね

千松がサムライの子の忠義を母に、そして自分に言い聞かせる
--お腹が空いてもひもじゅうない--

母政岡は
幼き品格あるサムライが無理やり絞り出したことばにくずおれそうになる
身をひねられるような、何かが差し込むような感覚だろうか

それをすんででもちこたえる
この母にはそれは当然のことだ、たやすいことだ--
と我々客は思っているのではないか

玉誉さんの千松が好きでした、なんてちょっと思い出す
もう、観られませんね
もう左遣い、というお立場なのでしょうね
これもたぶん、なのだが和生さん、そして文雀さんのタテ足遣いとして入ってくださっているのではないでしょうか

扇をかかげ
褒めてあげましょう
それくらいの本能はありますでしょ、このやわらかい鉄の女にも
ポーズだけで褒めてあげる

それでも政岡は気疎い(きょうとい)のです

涙するこども
ほめられて、の涙か、彼の心はほんとうにはわからない
無邪気に喜ぶこともこらえなくてはならないか

--ままをあげざなるまい--

上手の座敷が開く
茶道具が並ぶ部屋、お茶を点てる部屋

これまで拝見してきた政岡と、米のとぎ方が違う
と感じた
私、和生さん人形に異常に欲情する体質だから
だからそう見えたのだ、と言われれば還す言葉はないのだが

所作の、お点前の(茶道じゃないけど)美しさは
流れるよう、というよりまとわりつくようにしっとりしている
寛治さんの音に乗りさらに美しさはふくらむ

和生さんの政岡はこれまでと何が違うか

これまでは強烈な赤の着物が政岡だった
それが赤すぎない
そしてこれまでは怖いほどの眼力であった、堅気とは思えないほどの

いつもなら眼力極めて強烈な和生さんの武家系老女形
典内侍のときなどすごかった、性根は立ち役であった

違う
あたしは強いのよ、とギンギンの政岡ではない
守るべきものへの覚悟と愛
それが透明というより、白く、乳白色で
フィルターがかかかっているというのかヴェールで覆われているというのか

和生さんのフィルター

簡単にいえばやさしいとろりとしたエロティシズム
天女、あるいは観音さまの系統

雀にお米をあげる
--はぐくみかえる烏羽玉の--
(ん?はごくみかしら?)

こどもたちが雀を、狆をうらやむ
泣かせようとしてこの芝居は作られている
それはほんとうである、の、だ、ろうけれど
そう考えるのがふつうなのだ、ろう、けれど

それだけではない何かがこの芝居にはある

和生さんが政岡だからそんなふうに感じたか
いや
必ずしもそうではないような気がするが

私の中での時間の経過
私だって変わっていくのです

若い観客だったという過去
自分が若い、などと、そんな意識で人形芝居を拝見してはいませんでした

なにも変わらずなにもわからないままです
それだけです
いつだってまっさらで観ているはず


飯が炊けたと手を打って、あまりにも芝居のように喜ぶこどもたち
それがなぜか自然に感じられ

喜ぶこどもをたしなめる
厳しい慈愛をもって

炉を金の扇で仰いで飯を炊く
芝居を見続ける私たちはそんな飯炊きがあることを知っている
伽羅先代萩はもう体のなかに入っている

そういう体の私たちと
それがない人たちと

世界を別にする
それでも一緒にこの世界で暮らしている、のね


--わしが息子の千松が--

--七つ八つから金山へ--

あれ、これは政岡が歌っているのか??そうだったんだ
歌う彼女の眼はどこを見ているのか

歌いながら一心に炉をみつめ

耳にこびりついているこの詞章とメロディが
それがなぜ飽きませんか

お遣いになる方が替わります
千松も、鶴喜代君も
語る方も替わります

それだけのことか
わからない

えーーまた先代萩なのぉーーもーいーって~

と得意顔に言いました、私

それが、政岡が和生さん!!!
となったとたんに、恋心最高潮

いてもたってもいられず奥州から大阪行きの切符を予約してしまう
芝居のチケットを取る(いや、カレシに取らせた。。て、いつもは自分で取ってますよ、今回だけよ)

炉から火花が散る
それでも瞬きもせず大きな目で飯を炊くことだけに専心する

その美しいひとは
幼いこどもたちをあやす歌を歌いながら
そのままに母であり、乳母である

これまで出会った乳母政岡はもっと濃いひとであった
それがいけないなどと言う気はまったくありません

頭の中は何がかけめぐるか

扇を掲げ目を閉じる、たまらずに

いつも思うが、狆にあんな大きなおむすびをあげる必要はあるまい
千松にあげてくださいっっ!!

すみません理性を失って・・ではなくて元々ないのでしたね、すみません

あまりにも想像を遥かに凌駕する和生さんの政岡であり理性と色香にもう心も魂もない

こんなにも違う

しあわせです

和生さんの政岡が鶴喜代君の膝に手を置く
その手をかけるときのやさしさと色香

深々をお辞儀をし
--殺害(せつがい)--


政岡というお役は人形遣いさんでかなり変わる
これまで観てきてそう感じる

それぞれにひとつだけの政岡

政岡に嫉妬する
和生さんの政岡に

なぜ嫉妬する

目を閉じて
泣きあげる、そののち笑いあげる
そして
顔からすべての表情が消える

任務を遂行し得た故の安堵
とさらなる緊迫

--おむすびできた、できましたわ、わこたちよ--
それにも表情を変えず

表情は甘さと悲しみをたたえたままであるけれど

鶴喜代君が手を出すと-扇で制する

うしろぶりをさらりと見せる

どこからか貴人の訪れを告げる声
--梶原の奥方様?--

政岡と和生さん、そして寛治さんの飯炊きはここまでである

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