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ふくひめライブ--絹の絃、人形浄瑠璃文楽と落語

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吉田屋/曲輪文章Pt.2

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人形浄瑠璃文楽2月公演

嶋大夫さんと富助さん
白湯汲みにいそっと現れたのが
靖大夫さん


ということは嶋師匠のお弟子さん
そういうえば前にもあったような気がします

大夫さんの師弟関係には弱い
やや真剣味に欠けているのです

こいかぜや
(こぉーおいーーいーぃぃいいいかーぜーやあ)

定評ある美声
でもそう感じるかどうかも個人差はあると思うのです

義太夫における美声
それがまだわからない

一生わからないんだからいいんですけど
私昔の伝説の名人の録音聴いたりもしませんし
まだまだ子どもなのですよ
だから義太夫のあまりに濃密・濃厚な世界に入り込めない

未熟者め


--その扇屋の金山の--
地歌夕霧文章そのまま

と思ったら
--名はたちのぼる夕霧や

やはりいくぶん違ってくるのです

下手から花魁が登場する

提灯を提げ先導する下男さんに禿が続く


--水仙清き姿なり--
そうですか
そう感じるかどうかはやはり人による

ほんとうは床と人形力で誰にも感じさせなければならないのだろうが


夕霧は
具合わるーーい
かったるくて・・もうだめ

難儀だわ、からだ起こしてるのもたいへん

というご様子
顔色まで悪そうに見えちゃうわ
それも芸のうち?
判断つきませんが、好みによって見え方はちがってくるでしょう

ちょっとからだがつぶれ過ぎのように私は感じてしまうのだ
並々ならず頭が重い、衣裳も重い、特別あつらえの人形と衣裳です
それは誰もが知る
彼女が難儀なのはわかりますが

そしてお遣いの方がどれだけ大変あるか

人形遣いさんは彼女の難儀をどう表現するか
苦界で不幸を一心に背負い、病気、生気ない
その最高位太夫をどう表現するか

先ず先に美しさありき、であろう
疲れよりも美しさが先に立たなければ
底からにじみ出る美しさが

それがあるか?


伊左衛門さまが登場なされた
ひらひらひら

--花は嵐の頤に今日の寒さをくいしばる--

玉女さんの若男はひらひらしている
それがおもしろい
口をあんぐりあけて見入ってしまう、そしてちょとくすぐったく、うふふ・・と
そんな人なのです玉女さんの若男さまは

イヤだとは思わないけれど
それが表現としてそうしているのか、あるいはやむをえずそうなってしまっているのかが
わからない

喜左衛門さんが登場なさって
きっざ、きっざとイザさんは呼んでいる

ふんふんふん

きっざさんの足の運びがなにか大げさというか荒いというか
そんな感触

伊左さんと喜左さん

伊左さんが特別なお方であることを喜左さんが表現する
だからこそ勘壽さんでなければならぬ

上手黒御簾から長唄三味線の色気を含んだ粋な音色が降ってくる
くらっとする

よい
芝居必要なもの--三味線、お囃子

これもメリヤスというのかしら
長唄三味線が入ること縷々あります、よいですなあ
いまだ義太夫三味線が最高さ!と言い切れない困ったわたし

三味線はどれもよいのですよ
自分が地歌を少々、なのでそれをやはり贔屓しますし

伊左衛門さまに喜左衛門さまが着せてさしあげる羽織
こんなシーンひとつでも人形遣いさん3人と、介錯さんと
みんなが誠心誠意こころを配っているのだ

--あこれ、きっざ--

ふーん
この配役、イザさんとキザさんが逆でもよいと思うのだ
勘壽さんのイザさんが観たいという気持ちと
玉女さんのキザさんもことのほかよかろう、という気持ち

嶋大夫さん
イザさんの声はとてもしっとりはまる
けどキザさんは違う(と私は感じる)

--けんどんなら夕霧より蕎麦切り--
うふふ

そういうえば「夕霧そば」ありますね、最近行ってないけど
大好き♡
お初天神(露天神)の近く
いいお店、ほんとによいお店

いつ行っても混んでるけれどそれでも居心地がいい
混雑も気持ちよい、という稀有なお店です
店員さんの応対がよいのね

いろんなお品書きがあって楽しい
東京のお蕎麦に慣れている者にとってはお蕎麦そのものはけしておいしいとは言えない(ごめん)
でも・・おいしいです
独特のメニュウがうれしい、私好み
ここの店じゃないと食べられないそういうアレンジが素敵です

話し飛ばしたーー

芝居にめちゃめちゃのめりこめない分飛んでしまいました

玉女さんのイザさんは立派です
でもひらっとしてる面が目立ちすぎて軽すぎて
ぞくっとするとろけるほどの色気がないのね

この先どうなるかはわかりませんが今のところそう感じています

イザさんはへにゃっと寝ちゃった
可愛い男なの
そういうやつなの
梶原源太と共通するひと

--過ぎしよすがの連れ弾きを-
思いだしし伊左衛門--

お上品に酒喰らいはじめましたわ
--胸は二上がり三下がり--

粋な男なのだ
こどものうちから遊びはしっかり仕込まれていたのだろう

左?

--可愛い男に逢坂の
関より辛い世のならひ---

いかにも地歌なフレーズ
ところどころ「鳥辺山」っぽいところもずいぶんある
近松なのだ

--思はぬ人に堰き止められて 今は野沢の一つ水--
いいな

菊原初子先生の演奏を想う
初めてCDで聴いて心震え、これしかない・・あのときの感動、悦び
生では聴くこと叶わなかった方のけして誰にも真似できない歌と三味線

無残やな夕霧は--

イザさんは夕霧が患って難儀であることなどなんとも思っちゃいない
女である夕霧を愛したのだもの
男子として女を愛する、これは純粋に恋愛である
それ以上余計なことは考えない

子どもいるんでしょ
それに愛情を持てるかどうかも個人差がある

万歳傾城

自分がこどもであるイザさんに子どもは愛せまい

万歳を舞うイザさん

え?ええ??
あなたいくつで父親になったの
夕霧はいくつで母になったの

まだこどもであるひとびとが
あまりにつらい世のならいのなかで生きていく
幸福に生き残れる人は稀有であったろう

これで吉田屋は終わる

和生さんのはかなく、心の痛みを美しく人形に乗せ
そして母性まで感じさせた夕霧をなつかしむ

春が広がっていた奥行をなつかしむ
そのためにきょうの夕霧文章はあった

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