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ふくひめライブ--絹の絃、人形浄瑠璃文楽と落語

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三味線と箏と尺八の音楽-三曲の会

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邦楽鑑賞会-三曲の会

いつもの国立の邦楽公演です
三味線・筝・尺八 今の世にこれらの楽器の演奏聴こう!という方極めて少ないと思うのです
マイナーにも程がある---幼少時からやってる人がそう思うんだから


でも
ふだん別世界に暮らしているのに
なぜか好き
という方もいらっしゃいます

今回のこれ、国立のHPやあぜくらで公演予定みて、あるなー、とチェックはしていて
でもどうしてもチケット取っていこうとまで考えていませんでした

取っててもドブに捨てることがここ数年あまりに多いし
どーしても!決定的な要素がないかなーと出演者と曲目みて思ってて
悪くはないですもちろん、聴ければ聴きたかったけど

チケ取り電話かけないつもり、で暮らしておりました、そこへ
DMいただいて
「邦楽公演いらっしゃいますか?」と

あらーー
このtwitter仲間の彼は
いわゆるエリートのシステムエンジニアでらして
ものすごいハードなビジネスをこなしてらっしゃる
私とは親子ぎりぎり可くらいの年齢差ではないかしら?
ふつーなら結びつきようもない方


カレたぶん私のように元々邦楽的な環境にいた方ではないんです
Twitterでの縁はやはりというか当然のように人形浄瑠璃文楽座でした
彼は本格派でらっしゃるので義太夫を聴きに行くのが目的
私のように人形ミーハーではありません

人形芝居だけじゃなく邦楽全般に興味持たれたのかな
三味線音楽への興味からでしょうか

国立の邦楽公演にもずいぶん足を運ばれているようです
私と違うのはクラシックもお好きということ
私クラシックはっきり言ってぜんぜんっわかんない
嫌いってことはないです、もちろん好きです、いいものはいい
でも知識まったくないのです
ピアノも全然弾けないし
積極的には聴かない

そういう方に後押しされたというか
引っ張っていただいて、チケット取って行ってまいりました

お会いしてステキなお土産いただいてしまった
うるるるるっるる

彼はフルマラソン走る(奥さまとはそういう縁で、らしい^^)
私なんかからみたら超のつくスポーツマン


人口比でみればこういうの聴く方少ないのはわかりきっているけれど
でも客席は一応がらがらでもなくちゃんと埋まるのですよ

いいものはいい!とわかってる人はちゃんといる
少しでも触れたことがある人なら一流の演奏が聴けるなら
と足運ぶと思うんです

また私前置きが長いぞ、いい加減にしなさいよー


さてトップは

松竹梅

筝・歌   萩岡松韻
筝・三味線 福田栄香
尺八 川瀬順輔

定番です
そしてさらに定番なのが

萩岡松韻先生

萩岡先生の松竹梅は生でずいぶん聴いている
もういいんでね?---なんてナマイキなことを思っていたのですが

よかったですぅ
今までの印象では萩岡松竹梅はすごくすごーくハード厳しい
速度がきわめて速い、コワいよーー
なんて思っていたのでございますが

萩岡先生のお箏が透明に美しかった
ほんとか(どういう口の利き方)

さらっとして澄み切った音色でございました
くどいけど
ほんとですかい?と

歌は福田栄香さんと交互です
長い長い、あきれるくらい長い大曲松竹梅

でもねー弾いても楽しいのです
難しいからこその醍醐味なんですね
いいんです素人は自己満足で
人に聴かせるわけじゃないから

だから超一流の演奏
すげー!(いちいち柄悪くてすいません)と聴く醍醐味たまりません
丁々発止というのか
緊張感
私はとんでもない難曲であることを知っているからなおさら悦び大きいのでござる


梅の--
うめは「んめ」と発音する
お約束です

でも萩岡先生が静かに透明感のある演奏をされているのにほんとーにびっくり
これまではひたすら激しく華麗ゴージャスであられたのに

で、音色も美しいのに驚いたりして
進化してらっしゃる
突き抜けと思ってよいのでしょうか

元々美声として鳴らしている
そうかーもう50代半ばでらっしゃる
でも声お若いです
とっつあん坊やというのでしょうかね見た目は

押し手の安定感というのがすごい
すごい、その一言です

押し手って、筝においては当たり前の手法ですが
これがきちんとできないと話に、いや演奏にはならない
言い方換えれば当たり前のことでありながらきちんとできる人は極めて少ない
萩岡先生のは、なんというのか、重いというのか、軽いというのか
どちらでもあり
また言ってることがわからないですが

千歳限れる--
から歌は福田栄香さんに

ちょっと私の習ったのとは詞章が違う部分があったりする
流派、によってちょこちょこ、あるいはかなり、違うのです
メロディも

ん?一瞬はずした
ライブですからそれくらいのことはあります
だいたい流派の違う方がアンプでほぼいきなり状態で合奏してるのですよ

それを美しく大迫力画面で聴かせてしまうのですから
それ自体に驚かなくてはいけないのです

とにかく筝の音色がうつくしい
がさがさする爪音がない、澄んでいる

栄香さんの三味線はふつうかなあ(一流の方の中ではという意味ですぞ)
などど生意気に言ってみたりして

脚は猫足

かるーく流れるように美しい松竹梅
同じ曲なのにその都度違う曲に、世界が拓ける
分け入っても分け入っても深い

さらに松竹梅は格調高く
どこまでも高く高く昇っていく


花の旅

歌・三絃 斉藤春子
筝    守山偕子

斉藤春子さんは昨年、もしかして一昨年ですか
初めてこの会に登場されて衝撃でした
お名前まったく存じ上げていなかった

へー大阪の地歌にこういう方いらっしゃるのですか
知らないかたたくさんあるんだなあ・・と思って初めて聴きました

なんてすてきなー
でした

そう表現するしかない、すばらしい
私にとっては「新しい古典」な地歌を聞かせてくださった
魅了されました
そしてこれこそ地歌なのだ、と肌で感じた幸福

暗い、辛気
じゃない
明るく春のような地歌を知りました

ま私が習った菊筋、菊原光治先生も明るいですが
富山清琴先生も明るい
どちらも天然のジェントルマンでらっしゃるので

再び

花の旅は以前通った菊筋のお稽古場で先輩方が稽古されていましたっけ
私なぜやらなかったのだろう(あたしにはできないからか)
でもあんま好きな曲じゃないなーなんて思ってたのです実ハ

斉藤さんは
とっても明るいしなやかな音楽性というのでしょうか

地歌って弾きながら歌いたい
そういう溢れる心からの音楽
そうおっしゃっていた方がありますが
斉藤さんはまさにそうで、それが音楽的に優れない方じゃどうにもならないのだが

地歌のために生まれてきた方なのだなあ

さくさくと自然な音楽
ナチュラルってこういうことじゃないかな
よく勘違いで遣われてしまう言葉ですが

音楽って人間にとって悦びそのものです
それが温性としてほのぼのじんわり伝わる

筝の守山さん爪袋がエナメル黒なので
大阪地歌の方にしては珍しい?と思っていたら
パンフ観ましたら元々宮城の方だそうです
斉藤さんの地歌に恋し筝演奏を志願されたとか
なるほど

筝曲界に限らず伝統芸能の世界は流派、会派の違いはけっこう壁高いのですが
自分で乗り越えることは可能です
それでも越えられない部分はありますけどね

筝もさらさら軽く
花の旅がこれまで聞いたのとは違う曲

--坂はてるてる鈴鹿は曇る
とどっかで聴いたような詞章にうれしくなったり

斉藤春子さんて辛気、しっとり暗がりなはずの地歌をなんとも明るくさらりと聴かせる方です
そしてそれがけして安っぽくならず高貴な香りを放つ


荒れ鼠

三絃 富山清琴
   富山清仁

富筋お家芸 荒れ鼠

滑稽味のある曲を「作物」と言います
へえ、解説書によると即興的に演奏された作品だから作曲者・作詞者が明らかでない、と

浄瑠璃的な語り物であるから半太夫物という分類にもなる、と

ご子息清仁さん大学卒業されて師匠であるお父さまにぴったりついて演奏活動
恵まれてるけど、期待に確かに応えて行かなくてはならない
どれだけたいへんであることか

でも育ち、それがあるからまっすぐ成長されていることは確か


--釈迦に提婆や鯨に鯱 月に叢雲 花に風--
--宵は天井がらがらがら

がらがらがら
すべて鼻濁音で抜く
私どうして鼻濁音が気になるのか

いいですなあ清琴先生のお声
素朴、ぼくぼく
それで品位

--五百七十七曲がり 猫のねの字も嫌で候 --

有史以来の猫と鼠のなさぬ仲

これ古典芸能でずいぶん取り上げられています
先日の夢市男達競も猫と鼠


鼠の猫への恨みは深い
伊坂幸太郎さんの小説でもこれがテーマだった
夜の国のクーバー

清琴先生の三味線は美しいですなあ
ほんっとーにいつもうっとり
さらさら軽い、響きと余韻は高貴

詞章聴かないはずの私もこれは聴いて楽しめる

詞章ぜんぶ載せたいくらいですが
やっぱりめんどうだからやめます

座敷芸
ステキな時代があったのだなと思う
もう戻れないのは確か
憧れるだけ

洒落で完成された曲はほんとうにおしゃれ
即興的な曲だというけれど富山先生がどの程度どうなのかは私にはわかりません

次代に確実に伝承されていく


休憩時間に件の彼とお会いできました
うれしゅうございます
スポーツマンらしいスタイルでらっしゃいました^^)


秋の言の葉

筝本手 米川文子
筝替手 米川敏子

これ筝曲習った人ならたぶんほとんどがやってると思います
私はたぶん中学生くらいだったかなあ

演奏の先生はどちらも偉大な先代のお名前を継いでらっしゃる
どちらも2代目かな?

三味線なし筝二面

どちらも先代も知っている
もちろん個人的になんてことはなく超一流の演奏家として
ライブももちろん

驚愕しました、音色の美しさに
打ちひしがれるほど
なんと美しい音色だろう

筝はこう弾かなくてはいけないのだ本当は
音色の、爪音のキタナイ演奏が多すぎる
手がまわればよいというものではないのですよ

裕枝先生(敏子先生の前のお名前)も凛として美しい音色ですばらしい、その一言ですが
はあーー
文子先生がすばらしすぎる~~

掛け合いの妙
いや極楽ですな

まるで自分が心のきれいな人になったみたい
洗われて別人になってしまいそう

しかしこうして人をシアワセにするには血のにじむような
練習・練習・練習・稽古・稽古・・・・
と永遠に続くのでしょう(やったことないからわからない)

しかし上には上がって
どこの世界にも

すみません言いようがないのです
ただただ美しく品がよく

天上から、雲の上から降臨した音色
綺麗キレイはっぴい


竹生島

一中
浄瑠璃 山勢松韻 岸辺美千賀
三絃  山登松和 田中奈央一

筝歌  高橋榮清 山勢麻衣子
筝   中能島弘子 井口法能

三絃  藤井千代賀

いつもの山田の大先生方です

さて
苦手意識のある山田と一中の合同演奏であるなあ、困ったのう

と思いきや今年はとてもさらりと聴けた
なぜだ

弾き歌いではなく歌専門の方が4名

一中と山田で三味線の糸巻が違う
一中は紫檀、山田は象牙

なるほどー
山田はこうして歌をメインにした方がよいのだ
みなさますべからく美声でらっしゃる
わかりきってることではありますが

これあれかしら??
弁財天は女体なりーーとは別の曲なのかな?

詞章みると弁財ではなく→弁才なのです

こんなこと言ってよいかどうかなのですが
山勢松韻先生って爪音が強すぎてキタナイという印象がこれまで私にはありまして
唄だけだったからよかった、と思えたのかも


とんでもない大曲ですのにぜんっぜん飽きずに最後まで楽しくわくわく聴きとおすことができました
(寝なかったんじゃないかしら)

苦手のところどころ入る演奏者の掛け声も気持ちよく
やはり偏見の塊になってはいけないのだなあ

少しは思いました
(どうせすぐ偏見の塊に戻りますが)

掛け合いで演奏者が多いということは
めくるめく変化があり飽きずに愉しめる

ともかくすばらしきマイナー音楽となっている三曲、筝曲地歌
聴いてみてください
弾いてみてください

弾けますよ
私の震災の前年に90才で亡くなった師匠は「弾かさる」とよく申しておりまして
弾けてしまう、という意味です

と言いながら私最近めったに筝も三味線も空気に触れさせていない
イケナイ
楽器は弾いてあげないとダメになってしまいます
師匠からは楽器を大事に、手入れをきちんとすることを教えていただいた
せんせー!出来の悪いままですみませーん

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