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ふくひめライブ--絹の絃、人形浄瑠璃文楽と落語

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上方の芸・江戸の芸

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10月邦楽公演「上方の芸・江戸の芸」

これも国立劇場開場45周年記念
かなりわくわく期待の公演でしたの


11:30開演の部 豊後系浄瑠璃をめぐって

二部制でどちらも捨てられませんでした
午後3時開演の部は「浄瑠璃とと唄をめぐって」

しかしこれも書かずにかるーく1ヵ月超え

プログラム買ったっったんですよー(得意)
あーありました、ケチ(と言うより貧乏)な私が買ったのです
ではそれを頼りに

邦楽公演はその道の専門家・研究者のナマ解説があります
きょうは三味線音楽にかけてはーの竹内道敬先生

長いことNHKーFMの邦楽番組にご出演でしたよね
なんてタイトルだっけ?忘れてしまいました

まだ緞帳が下りている舞台の上手からおいでになって

どんなお話でしたかねー

断片でいきます
京都でのこと
都大夫一中というひとが都一中として活動開始

そのお弟子の
都国大夫半中?というひとが才能発揮

名前を改めて 宮古路国大夫半中となりました
やがて宮古路豊後
その後、掾、を受領して豊後節と言われるようになりました
とうけうり

そのころ近松の心中ものが流行りました
将軍吉宗のころ

歴史・時代さっぱりわからない私ーーなんとなくあのへん??--ぐらいです
吉宗は心中狂言はいけない!!と錦糸、じゃない禁止の方向へ

事件をいますぐ脚色上演はいけないと

とっころが
宮古路豊後掾はばんばん上演しちゃった
吉宗は紀州ですよね、この方それに張り合ってた尾張のバックアップがあったらしい

豊後掾さんは京都から名古屋にいらして盛り上がったらしいのです

それでもって
尾張は閉門
1736年ついに禁止となりましてその後京都で亡くなった

その弟子に富元と清元があります
やわらかい方の富元より、強い?清元が優勢になって今に至る

常磐津というのも江戸歌舞伎に合う強いタイプ

江戸歌舞伎は愉しければいい派手なのがいいということなのでしょう
時代設定が違ってたりそんなことには驚かないのが江戸

ともかく
まじめに一生懸命聴いては野暮の骨頂です
愉しんでいただきたい

と竹内先生はおっしゃっていました
そーなんですよー

さて一番

常磐津です
ほんとは常磐津節というのね
浄瑠璃はなんでも最後に節がつく

もちろん例外はあって
地歌はつきませんなそういえば

私常磐津はほとんど長唄と変わりないでしょ?くらいの認識でしたが
どうなのかな

「朝比奈の釣狐」
曽我狂言「対面」の趣向から作られた曲
そんなことどなたもご存知ですね

--すでに今様はじまりと--

かなり高めにぬけていく声
裏返しながら
長唄というよりは清元に近い感じがします

三味線の撥が小さくてさばきやすそうで、いいな楽そう、って思ってしまう
糸巻きも紫檀でしょ、締めやすいしね
いいな
そのあたりは長唄系よね

--色じゃなけれど小林が手管の罠に釣狐--
曲調が替わる
語り風に

--われは化けたと思えども

--あさげの風のそよ吹けば犬の声ぞっとした

浄瑠璃には犬の声にぞっとした、とよく出てきます
地歌の古道成寺では
犬の声じょうとして、と表現

ゆったりしてます
三味線ものどかにすすむ
初春狂言ですから

鼻声も使う
色っぽくかしら?
というよりおどけた表現のような

そういうえば
三味線は譜面みて弾いてらっしゃいます
珍しい
私は自分がシロートで暗譜なんてとてもとてもなので
譜面を見ることについては寛容です


喉と頭から出してるような
かなり高い声
なるほどこんなに清元に近いとは認識してなかったな

声の裏返し方、のどの使い方で色気を

--釣られ寄る身のしどもなき
これ吼噦の風情かや--

出た!吼噦

語り芸なんだなー役割があるんです
役者の立役と女形と子方もいる

玄関の「げ」が鼻濁音でした

会話が優雅に華やかに続く
語りが芝居そのもの

解説に詞章がありまして
それに調子の変化が書かれています
なるほど

本調子→三下り→二上り→本調子→二上り
めまぐるしい

--鈿女といいしとんてきの女芸者が立ち上がり

立役の方がこんどは花魁を語っている
何役か勤めるのです

曲調が替わり、場面が替わり、主役が入れ替わり
だから飽きない、ずっとゆらゆら愉しく

いいなー

明るく語り分け、こんどは華やかにユニゾン

吉原の遊びなのでですかね、こういうの
気持ちいい、眠くなる^^

世界をひとつの音楽に凝縮してしまっている

--花若に鞨鼓を持たすか、望月の本行か--
囃子方の望月流のことでしょうか

どこまでがリアルでどこまでが想像・妄想の世界か
わからないところがよいのです

背景には金屏風があるのですが両脇にススキの金の衝立があって
そこに字幕が出るようになっています

ししとらでんのぶがくのみぎん→獅子団乱旋の舞楽の砌
元はお能ですが地歌でも石橋はあります

俳優→わざおぎ
なるほど

三味線の音色に色気
--ここに写して奏でける


2番
宮薗節
江戸の絵姿 おひな

楽器・撥などは地歌と近い
永井荷風が御執心だったと有名です

ぼよーんという独特の余韻の音色は京都の柳川流とよく似ています
糸巻きは黒だから紫檀

撥で糸をはじくときの糸のようすをみても
ゆるめに締めてあるようです

声には透明感があります
まっすぐには出さない
きれいな声で

静かに語ってきっちりとおる

とにもかくにも恋愛・色模様はんなり
美しい一対の男女の情景
静かに透明なのにそこにくっきり浮き上がる

ぼんやりではありません

--角前髪を立てぬいた、お七さんへの心意気--

とても自然な芸、という感じがします
大仰なところがない

こういう域に到達するには??
ムリムリ

こういうふうに静かに三味線弾くってむずかしいことですもの
つきぬけてやっと静かに弾いて歌えるようになるのですもの
そう簡単なことではないのです


3番
地歌・繁太夫物
お房

菊原光治先生です

ここでまた竹内先登場
しつこいようですがーーと

浄瑠璃とはなんぞや
というお話になりまして、例の義経と浄瑠璃姫の十二段草紙のことになりました

数ある浄瑠璃のジャンル
その区別しろうとにはつきにくい、わからない

どうしてもわかりたければお稽古なさい
そういうこと

つまりひとつ異質なのは長唄ということになるのね
長唄は浄瑠璃ではなくて歌だからーーなるほど

と竹内先生がお話のあいだに光治先生の調絃の音が聞こえたりしてます

浄瑠璃と言えば
関西では義太夫のこと
それ以外にない、それしか眼中にない(笑)

上方の芸は基本ひとり芸、個人芸です
地歌がその最たるものではないかしら?
弾き歌いですものね

団体→清元 常磐津など

この違いが上方と江戸の違いです

清元はいちばん新しい語り物です
時代を超えた設定になっている
時代錯誤をしゃれでやるおもしろさ

これから演奏の地歌・繁太夫物は
上方の浄瑠璃(語り)が歌に変った、そういうもの

きょうはどうもありがとうございました--竹内せんせい

幕が開くと菊原光治先生

うしろは背景は屏風ではなく障子のような衝立

わー光治先生譜面おいてらっしゃる~
やっぱりかなり珍しい曲であるようです
光治先生はほとんどはからだにはいっちゃってるはず

安全のために譜面を置く
それは私はいけないとは思いません

譜面みたって光治先生は神仏です
だからこそ初子先生は神仏を超える・・・
ことばで表現するなんて不可能、宮沢賢治的に宇宙的になら何か表現できるかしら

お房
近松門左衛門の「心中重井筒」の中の巻からとった曲だそうです

--かみそり出だし合わせ砥に--

作物(さくもの)的な曲調でもあるような
芝居歌ってそうなのかしら

すみませんね、地歌習ってる(た)と言ってもただのシロートでして

光治先生久しぶりに聴きましたが
相変わらずのびやか、いいお声

--これノウ房--我もはじめは勤めの身、素人の言うことと
一つに聞けば曲がない---

うーん
夕霧文章みたいなところもある
靄がかかったような色気のある曲だ
悲しい色気でもある

鳥辺山みたいな風情もある
そうか近松だもんね

--失せて変わるが男の心ぞや

そうよやはり男は悪性よ
男への恨み節
男はみんなそうだ

地歌三味線の音色が好きだ(注:じょうずな)
糸の音がきれいだ
絹の糸はこういう音色なのだ

なんの飾り気も夾雑物もなくこう美しく弾けたらなんてすてきだろうか

しかしそこに行くまでが苦しい苦しすぎる
いや
だれでも行けるわけではないし
選ばれし人だけだ

しかしこういう大舞台に立たれる方でも
ほんとに音色の美しい方って

いないのよ
めったにいない

なんでこんなキタナイ音の人が名人として登場するのだ
ってある

光治先生の音色
先生はお箏の音色もきれいですよ
誰でもできることではありません
音色の美しさ
それには天性のものが必要です


--房は顔をあげもせず ただあいあいとばかりにて
延紙も幾重や霑るらん--

上方のひとりの浄瑠璃です
地歌

ひとりで弾き歌い情景を紡ぎます


ラスト
清元節 喜撰

清元延寿大夫さんと清元梅吉さん
袂をわかってきた両派の合同というのが昨年実現
それに引続いてというのが話題らしい

清元美寿太夫さんがいい声

梅吉さんはそのたたずまいと音色
双方から色気が届く

しかし延寿太夫さんはなぜにこうも真っ黒であるのか

唄方の3人目の若い方いい声だなあ
清元清美太夫さんというらしい

清元は志寿太夫さん
と思っていて
それはそう簡単にはゆるがない

頭のてっぺんから出る震える声のインパクトすばらしく心まで震わす
CD持ってる
はじめて自分で買ったCDだもの
そこまで惚れた

だから延寿太夫さんだとインパクト弱い
色の黒さが目立つだけ
ま、ほかの人いいからね
梅吉さん素敵だし

きーみよーちょーらあい--
ご詠歌みたい

いろんな芸能文化がまじりあう
生活、宗教、色恋

見台さきほどの常磐津と同じにみえるなあ
浄瑠璃のジャンルの違いは見台で区別がつく、とよく言われることですが

舞踊の曲です
「六歌仙容彩」のうち

単独で舞踊としておなじみです
そのまま芝居になる

清元好きです
それは志寿太夫さんのおかげ
あれだけの神仏を超える人が現われるのは
何百年、何千年さきだろうか

梅吉さんの三味線の流れがなめらかに自然
それがやがて艶と流れを帯びて
情景が流れていく

喜撰は宇治へ帰ります

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